戯人楼(吉原界隈にあった遊郭の名称)遊女は全て人形でその道の好みの者の為に造られた店であったという。
54d00eee江戸時代の生き人形

また客の好みにより如何様な顔の人形も設え浅草の鸚鵡芸(腹話術)の女芸者が衝立の裏から人形の声を担当して客の応答に答えたという趣向があったと伝え聞く。

(明治朗 大正日誌より抜粋す)大正10年の3月18日 
場所は上野 池之端(不忍池)での出来事
時刻は夜の9時近くの事 飲みに出た曽祖父妙な男に遭遇いたします。

連月という屋台の焼き鳥屋で一杯やっていた、客は私一人で店の親父は無愛想に七輪に向かって黙々と串を焼いている。ふいに、背後に人の気配がした振り返ると、年の頃45、6だろうか、やたら目の細い男が立っていた黒の作務衣姿で、右の手には藤の箱鞄(トランク)を下げている

『ここ?宜しいですかな旦那』
『ええ?どうぞ一人で飲むには退屈していたところですよ。まあ一杯如何ですか』
   と、杯を傾けると男は杯を受けた。
『春先にしては冷えますな。あ!親父さん何か見繕って焼いて下さいな』
『旅行でもして来られたんですか?』
『いえ、旅行じゃございませんよ。引き取って来たんですよ』
『何をですか?』
『酒のお礼にお見せしましょうか?』

男は箱鞄を引き寄せるとパチンと無造作に開けて見せた。中には、赤い着物の肩までの髪の少女が手足を屈め押し込められていた。一時ドキリとしたが直ぐに氷解した。それは人形であったからである。

『ははあ?生き人形ですね?以前見たことがございますが』
『浅草か何処かでございましょう?いえいえそんな半築な代物では無いんですよ』
『如何いうことです?』
『なにしろ、落籍された人形でございますからねえ』
『人形をですか?』
『では、お話しましょうか?この人形に纏わる話を』
と、杯をあおると男は話し始めた。

『こいつを造ったのは私なんですよ、吉原に戯人楼という奇妙な店がありましてね』
『聞いた事がありませんが?』
『全ての女郎が人形の遊郭なんですがね。こいつは御職(売れっ子)の遊女だったんですよ』
『人形がですか?まさか』
『いやいや!世の中には色々な好みな人がいるものでございますよ。男が好きな男や女が好きな女そして人が愛せぬ人も存在するんですよ』

『ははあ?想像が付きませぬが』
『戯人楼にはそんな人間が集まってきましてね。そんな客の好みに合わせて人形を具合良くつくるのが私の役目なんです。どこそのレビューの踊り子に似せた人 形にしてくれだの、いやシャンな活動女優の顔に似せてくれだのとね。そのなかで変わり者の客の中には輪をかけた種もいましてね』
『それは?』
『死に別れた遊女の顔に似せて作って欲しいと頼んできた旦那がいたんですよ』
『死に別れ?』
『ええ、落籍しそびれた遊女が肺病みで先だって儚くなったってんで手の届かなかった自分の思いを遂げてえって若旦那がおりましてね』
『これは酔狂な』
『それであたしもこいつを精魂込めて造ったんですがね』
『その旦那。喜んだんでしょう?』
『若旦那には御かれては、朝な夕なご寵愛。ところが、世の中巧くいかないものですなあ』
『何かあったんですか』
『落籍した人形達を定期的に回って具合良く動くようにするのが、仕事の一つなんですがね。先日、件の旦那のお屋敷を回った時のことなんですが・・・・忌中の札が下がってました』
『すると、人形寵愛の果ての腎虚ですか?』
『いえいえそこの家の奥方が悋気の病でしてね、同衾していた旦那と人形諸共ブスッと刺し殺してしまったんだそうですよ』

『剣呑な話ですね。』
『誠、悋気は女の慎むところ恐ろしきは愛憎の念ですな』
と残った杯を乾すとふらりと男は立ち上がり
『代は此処におきますよ。さて、少々話がすぎました』
と、トランクを持つと、彼はそのまま上野の坂を登りかけたかと思うと
くるりと振り返り。私に
『そうそう、死んだ旦那の人形でもこさえて見ましょうかねこいつに添わせてやりたいのでね』
と、からから笑うと飄々と暗闇の中にその男は消えていった。



非常に精巧な生き人形(東京国立博物館蔵:安本亀八作)